Essay/Column/Diary

船旅

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フェリー駐車船で旅行をする機会など滅多に有るものでは無いが、昨年9月、久々にフェリーで大阪から九州に行った。 娘が九州の大学に居て、その娘の車を届けることになり、バカ親よろしく軽自動車を九州に運んで行くことになったのだが、面白そうだと女房まで付いてきた。

昔は、山口県の下関の近くある西日本サーキットへのチームの移動はフェリーを使うことが多く、何度もフェリーで往復したものだ。その後、レーシングカーの搬送を業者に依頼するようになるとフェリーを使わなくなり、また、今では、そのサーキットもレースサーキットでは無くなってしまい、すっかり船に乗る機会が無くなっていた。
それだけに10数年ぶりという久々のフェリーに乗ることになったので、一寸楽しみではあった。
大阪南港を夜の8時に出航し、翌朝8時に新門司港に着く12時間の船旅だが、この時間割も昔に利用したとフェリーと全く同じだ。
フェリーには出航1時間前に手続きをして乗船した。車を誘導されるまま下の階に停め、エレベーターで案内所に行くが、確かエレベーターなんか以前は無かった。
案内所は小ざっぱりしたホテルのフロント風で感じが良い。昔のフェリーでは、このエントランスホールのあたりが無理に豪華を装うように赤や青や黄の電球で飾り、何とも趣味が悪かったのだが。

案内書で部屋を教えてもらい、ひとつ上の階の部屋に行く。グリーンA室という部屋を予約したのだが、その構造が上手く出来ていて、本来、上下2段のベッドではあるが、上下ベッドへの入口を左右に分けて、また壁を設けることで、完全に個室となる仕組みで、写真のとおりだ。(写真は名門大洋フェリーHPより)

大洋フェリーグリーン室

また開口部にはシャッターがあり、閉めれば狭いながらも個室となり、プライバシーが保てるもので、昔の2段ベッドとは比較のしようも無い。
足側の壁にはテレビが埋め込まれ、音は頭側からのイヤホーンで聞く仕組みだ。
ひと休みして、食事に行くことにした。
レストランはまだ出航前だというのに、既に沢山の人が食事をしていた。
カフェテリアタイプで、好きなものをとって最後にお金を支払う方式だが、目が欲しがるのと、旅行気分で、ついつい山盛りにとってしまう。
丁度、席に着くと汽笛が鳴り出航となった。抜群のタイミングだ。
レストランの窓は進行方向右側にあり、阪神間の景色を見ながら進むことになる。
とりあえず、テーブルの上は居酒屋状態だ。
車で移動しても、お酒が飲める。近頃では異様な感覚だ。
小一時間、食事をしただろうか、満腹となり外に出てみることにした。
船の後部は広いデッキとなっており、外に出ると神戸の街の明かり美しい。
やがて大きな橋が近づいて来る、明石大橋である。

明石大橋

ライトアップされて綺麗だが、何より、橋の大きさに圧倒される。
何枚も写真を写したが、全て手ぶれしていた。
船旅の良さのひとつは風呂があることだ。昔のフェリーではパイプがむき出しだったり、無骨で丈夫そうな蛇口金具などで船の中を強く意識したが、今は、普通の小さな銭湯という感じで何の違和感も感じない。ただ、乗客数の割りには少々狭い。窓から外が見えるのだが、流石に姫路を越えると外は真っ暗だ。もう一度、朝風呂に入ることを決める。
体を冷ます為に展望で一服してからベッドに入るが、いざ、寝る姿勢に入ると、ゆっくりとした、ドンドンドンという音と振動が体に伝わり、船であることを実感する。
流石に、今だに、この大きなエンジンの振動を抑えることは出来ない。ひょっとして、車ではよく使われているバランサーシャフトでも入れたら消えるのでは、などと余計なことを考えているうちに眠りについていた。
予定どおり、朝風呂は快適だった。何と言っても海を見ながらの風呂はいい。
同様に、朝食も海からの景色を見ながらで、船ならではの豊かな気分になれる。
やがて、新門司港が近づいた旨の放送が流れるが、気持ち海流が速く見える。

新門司港

新門司港に着いた。
何も無いところだ。

さぁ、娘のところまで、あと、ひとっ走り。

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2008年2月 8日 21:24に書いたブログ記事です。

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