Essay/Column/Diary

小噺のような話

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帽子.jpg 歳を重ねるに従い、寒い時には帽子を被って出掛けるようになった。

やはり寒かった2月の或る日、出張で東京に行った時のこと。
打ち合せを終えて(そして一杯飲んで)の帰り道、御成門の近くからタクシーを拾った。
「東京駅、八重洲口にお願いします」
と行き先を告げた。

暫くするとバックミラーで少し私の顔を見ると運転士さんは言った。
「お客さん、新幹線に乗られるんですね、どちらまで?」
「新幹線は名古屋まで行きます」
少し間を置くと、再び運転士さんが訊ねた。
「名古屋のタクシーは禁煙になっているんですか?」
「あっ、どうだろう。いや、私は名古屋を通って三重県に行くんで、名古屋は詳しくないんですよ・・・・ ああ、そうか、東京のタクシーは全車禁煙になったんでしたね」
「そうなんです、因みにお客さん、タバコは吸われるんですか?」
「いや、私は吸わないんです」
「そうですか、良かった」
と運転士さんは答えた。
私はタクシーの全面禁煙に喫煙者の反応が知りたくなった。
「タバコを吸わせろと、文句を言う方も居るんじゃないですか?」
と訊ねると、意外にも、
「いや、それが案外そうでもないんですよ。私らも心配したんですけどね。多分、東京は禁煙が比較的進んでいたんでしょうね」
「ほー、そうですか、じゃあ苦情を言われずに良かったですね」
タクシーは霞ヶ関あたりを通過していた。
すると、何かを思い出したように運転士さんが再び口を開いた。
「そう言えば、この前、ヤクザ屋さんを乗せたんですわ」
きっと、タバコでもめたんだ、と思った。
「タバコを吸わせろと?」
「いや、言われる前に禁煙なんですけど、と先にお断りしたんです」
「ほう、すると?」
「怖かったんですが、意外にも『なんだ、しょうがないな、ええわ、ミカン食うから』と言って、ポケットからミカンを出されましてね」
「なんか、少し可愛いですね」
「そうなんです。ところがね、ミカンを食べるのはいいんですが、食べカスを窓からポンポン外に捨てるんですわ。信号でもどこでもおかまいなしで、隣の車に当るんです」
「ありゃりゃ」
「すると、隣の車の人が窓を開けて怒ってくるんです」
「そりゃそうだろうね、でも・・・」
「そうしたら、こちらは本物でしょ、凄い迫力で怒鳴り返すんですわ、もう、向こうは驚いて逃げて行きます。けど、私は何か辛くてね・・・・」
「それは、かなわないですね」
「それで、目的地にやっと到着して、お金も払って頂いて、降りられたんです」
「やれやれですね」
「ところがです」
「まだ、何か?」
「よく見ると、シートの上に携帯電話を忘れてるんですわ」
「はあ」
そんな場合、どうするのかなと思い、気の無い返事をした。
「いや、以前に同じようなことがありましてね、調べて連絡したら『早く事務所に持って来い!』と怒られて組の事務所まで持って行ったことがあったんです、そうなってはかなわないんで、走って追いかけたんです」
「つかまりました?」
「ええっ見つけました。それで携帯電話を渡したら『ありがとよ』ってミカンを2個くれました」
「ははは、そうですか、それは良かったですね」
ハッピーエンドの話に、2人で笑った。
そうこうするうちに、タクシーは東京駅に着いた。
支払いを済ませて降りようとすると運転士さんが言った。
「あの、携帯電話など忘れ物の有りませんように!」
「そうですね、駅の中まで追いかけてもらわないようにしないとね」
と言って、楽しい会話に終止符を打ち、車から降りた。
車から離れようとすると、
「あーっ、お客さん」
私は振り向いた。
「帽子、忘れてます!」
後部座席には私の帽子が鎮座している。
「ありゃー」

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2008年3月15日 22:26に書いたブログ記事です。

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