Essay/Column/Diary

ここは何処? その2

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北京.jpg

近年、人気のマカオだが、そのマカオにはマカオグランプリレースでF3レースが行われるようになった1983年から幾度か訪れている。
中国大陸から盲腸のように飛び出た小さな半島だが、当時はポルトガル領であり、国境の往来は限られた中国人しか出来ず、国境の門から向こうは、とても閉鎖的に思えた。というのも、マカオから海沿いに見える中国側には点々と監視塔があり、中国から逃げ出す人を銃を持った兵隊が監視していた。
そんな中国は近くても遠い国で、生涯行くことは無いだろうと思っていた。

1999年11月のマカオグランプリにもレース関係者で行った。その翌月、つまり1999年12月にマカオが中国に返還される直前の訪問であった。

ということは、この写真はマカオ?
 ブー!  ハイ、間違えた人は暫らく立っていて下さい。

マカオ.jpg

マカオはこんな景色です。(写真はカジノで有名なリスボアホテル)
で、その時はツアーを組んで行ったので、現地ではマイクロバスで送迎してくれたのだが、その現地のガイドさんに中国返還も近いので国境を越えられないのか、と無理を承知で誰かが訪ねた。すると、あっさりと行きたければ準備出来ますとのこと。
我々一行は興味津々、翌日には国境を越えて珠海(ズーハイ)に行くことになった。
国境はマカオ側からは貧民街の先にあり決して綺麗なところではない。小さく古い門の向こうはどんな暮らしをしているのだろうと思っていたが、時が経ち、行けるようになったこと自体、感動的というか得も云えぬ気持ちになった。
まず驚いたのは国境の税関の建物で、それまで見てきた小さな門からは想像出来ない綺麗で立派な建物が門の先にはあったのだ。
さすがに入国手続きは手間がかかり、少しイライラしたが、まあ、何とか無事入国となり、その建物を出て中国側に出た。
何だこれは! 素晴らしい町が広がっているではないか。マカオとは比較にならない広い道路がドーンと通り、近代的で立派なビルが林立している。
日本で言えば名古屋の雰囲気に似ていて、名古屋を縮小したような感じだ。

実は我々が珠海に行きたかったのは、新しいサーキットが珠海郊外に出来ており、それも立派なサーキットらしく、出来れば訪問したかったからでもある。
まずは、そのサーキットを訪問した。そして珠海の街に戻って海鮮料理の食事(これがビルの中の立派なレストランで、こんな店がそこここにありそうな街の雰囲気だった)。
その後、故宮のミニ版があるとのことで行ったが、故宮や万里の長城を一部模した、インチキとは言わないが、テーマパークらしき遊園地だった。
それでも、何とか初の中国を見届けようと、人だらけの中(とにかく人が多い)、興味を持って見て回った。
最後に、素晴らしく上手な足マッサージを堪能し、初の中国訪問を終えた。

さて、1983年当時は、まさか中国に行けるとは思わなかったが、16年後の1999年に、こうして初めて入国した。
そして今では、いつの間にか北京に2回、上海にも3回訪問している。
今や、最も身近な海外とも言える。
当初から25年、四半世紀が経ったのか。
その北京ではオリンピックが来月に開催される。
北京や上海で会う人々は、民主主義国家の我々と殆ど変わらない。
意外と歴史の動きは早いようだ。

ということで、冒頭の写真は北京の街である。
この時は気付かなかったけど、やっぱり空気がチョット汚れてますね。

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2008年7月11日 17:58に書いたブログ記事です。

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