Essay/Column/Diary

神社仏閣とレーシングカー 完結編

|
□八坂さん.jpg

京都では「八坂さん」と親しみを込めて呼ばれ、初詣や枝垂れ桜で有名な八坂神社であるが、写真は、その八坂神社から見た四条通り/京都の街並みである。
さて、タイトルの「神社仏閣とレーシングカー」は、このコラムに昨年6月に書いたもので、神社仏閣に代表される京都に、最新の技術で競争するレーシングカーコンストラクター(レーシングカー製造会社)がいくつも生まれていることを書いたものだが、文中、最後部を下記の文章で終わった。
“たまたま、レーシングカーを作る会社の多くが京都だったのか、あるいは京都の土地柄か何かが作用しているのか。
果たして神社仏閣とレーシングカーに繋がりはあるのだろうか?
と言いつつ、実は、自身では答えを持っているつもりなのだが・・・
その話しは、またいつか。” と。
その“またいつか”のままでは締まりがないので、その答えを話そうと思う。

個々の人のパーソナリティーとは別に、お国柄、地域性という言葉があるように、人は、生まれ/育ち/生活する環境から、思考や性格にも影響を受けていると思う。

断片的ではあるが、簡単に日本の2大都市である東京と大阪を比較してみると、
大阪は、「東京には負けへんで」という意識がとても強く、関西の中心であるという自負と共に、日本でも一番であるとしたい意向を感じる。また、体裁よりも実をとる姿勢が強い。
一方、東京はというと、論理的で、中央思考が非常に強く、良く言えば上昇志向である。一方で、悪く言えば見栄っ張りで差別意識が激しい。それは田舎者、地方への差別が強く、東京を離れることを「都落ち」と表現することからも窺い知れる。
こうした部分での京都人の意識はというと、「そんなもん、関係ありまへん」ということになる。
良く言えば個性的、悪く言えば閉鎖的な土地柄である。
「どこどこが東京より勝っているとか負けへんで、とか。山手線の中に会社があるとか無いとか。そんなことより、あんたさんに何が出来るんですか」という具合になろう。
そうした風土は、京都の会社や京都出身の有名人を見ても窺い知れる。
ワコール、任天堂、京セラ、オムロン、島津製作所、たち吉、男前豆腐店など、同じ業種の中でも個性的な展開をしていることが判る。
有名人では、津川雅彦、田村正和、フォーククルーセダーズ、沢田研二、釜本邦茂、伊達公子、前原誠司、山村美紗、その他、数え上げればキリが無いが、個性を発揮する人が多く、また時代をリードする人を多く輩出している。
そうした個性を発揮している要因には、どこかと比較するとか、誰かを差別するとかにエネルギーを注がず、ストレートに目的に向き合う環境があったとも考えられ、それは、精神的な余裕/自信なのかも知れない。
想像の話になるが、では、その余裕はどこから生まれたのかと考えると、それは遡って、昔の都であったこと、つまり平安京にあるのではと思えてしまう。
近畿地方の畿は都の意味であり、元々は大阪でさえ京都の周辺ということになる。
そうした自信というか奢りのような意識が歴史的に人の精神に宿ってると思うのは考え過ぎだろうか。
今では京都から大阪に働きに行く人が多いのだが、大阪に負けているなどとは思わず、大阪を利用する、というのが京都人の感覚だろう。

こうして、京都は歴史的な街である一方で、個性的、先進的な部分を併せ持つ土地柄である。

この土地柄というか、お国柄、実はイギリスによく似ているのである。
ロンドンの町は何10年も、それこそ100年以上経っても大きく変わらない伝統的な街であり、歴史的なものを大切にする環境がある。
そして、人はというと、他人に干渉することを嫌い、個人を重要視するお国柄だ。
そう言えば昔、サッチャーが首相になった時に、その隣の家の奥さんにテレビ・インタビューがあった。
「お隣の奥さんが首相になられましたが、感想は」と。
すると隣の奥さん「私には何も関係ないことですよ」ときた、まさに他人に干渉しないイギリス人らしい回答だ。
そして、イギリスは保守的な土地柄ながらも、一方では多くの新しいもの、個性的なものが生まれた地でもある。
蒸気機関車や飛行船といった工業品から、スポーツではゴルフやヨット、ビリヤードや野球の元となったクリケット。そして音楽ではビートルズやエルトン・ジョンなどのアーティスト、映画では私の好きな007シリーズやハリーポッター、それにミニスカートにパンクファッション、等々。個性的で先進的なもの、つまり、多くの文化が生まれている。
これらは、やはり歴史的に大英帝国であったという奢りが、どこか人々の余裕や自信となり、文化の発祥に作用しているのではと思えるのである。
 
実は、そうした土地柄であるイギリスはモータースポーツでも世界の中心地である。
F1チーム(F1コンストラクター)の殆どがイギリスを拠点としているし、イギリスにはレーシングカー製造の文化がしっかり根付いている。
今や、イギリスのモータースポーツ工業会は貿易で稼ぐドル箱ならぬポンド箱であり、英国商務省のバックアップで毎年日本にもツアーを組んで営業パーティを行っているほどである。
自動車は文明の利器であり、モータースポーツは自動車から派生した文化である。
イギリスという文化レベルの高い土地柄ゆえ、モータースポーツも栄えたのではないだろうか。

ついでに、イギリス人の閉鎖性も周知のとおりだ。

こうして、縮小版ではあるが、イギリスに良く似た土地柄の京都だけに、日本に於いてもレーシングカー・コンストラクターが生まれる素養があったのかも知れない。

と結論づけたいのであるが・・・・無理があるかなぁ。

□R&D SPEED.jpg

上の写真は、私が設計/デザインしたネオ・ヒストリック レーシングカー「カドウェル」

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2009年1月 4日 00:49に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「あけましておめでとうございます」です。

次のブログ記事は「Oナロー on 炬燵」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01

Sponsor

ワンタッチテント イージーアップ

広告募集中
コンタクト