Essay/Column/Diary

竹のカーテンが開いた時

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北京駅.jpg

少し手遅れの話題だが、先日、寝台特急「富士」「はやぶさ」の運行が最後となり、多くのメディアがとり上げていた。
ブルートレインには過去、2・3度しか乗った経験は無いのだが、寝台列車には独特の雰囲気があって印象深く、あの列車が無くなるのかという寂しさを覚えた。
で、このコラムにとりあげようかと写真を探したのだが、無い。
すると、全く別の寝台列車の写真が出てきて、その時の思いにふけってしまった。
それが冒頭の写真に始まる話だが、場所は北京駅である。
2004年に初めて中国(香港、マカオ、殊海は別にして)に行った時のことだ。

たまたま、北京から上海に移動するのに鉄道を利用することになったのである。
その列車は北京発、上海行きの寝台特急で確か「特快」と言った。
北京を夕方の7時に出発して上海には朝の7時に到着するジャスト12時間の行程で、何と、北京-上海間1,650kmをノンストップで走り切る。
因みに金額は日本円にして5,000円程だった。

北京出発前.jpg

これが、その寝台特急列車で、北京駅で出発前に写したもの。
今では中国の鉄道の情報も多く、この列車にも多くの日本人が乗っているようだが、当時の私には何の知識も無く、中国の鉄道と言えば緑の車両で、硬座や軟座といった等級分けがあるくらいの知識だったので、かなり辛抱して夜汽車に乗るのだろうか、といった感覚でいたのである。
しかし、いざ改札が開いてホームに降りてみると、想像していたより遥かに綺麗で立派な車両が止まっていた。
各車の入口ではパーサー(と呼ぶかどうかは知らないが写真の女性)が迎え入れてくれる。

寝台車内2顔隠し.jpg

部屋は全てコンパートメント形式になっていて、4人部屋でベッドは上下2段で常設されている。中央にはテーブルがあり、部屋はとても綺麗だ。
どうみてもヨーロッパの作りでドイツの車両の感じがする。
「富士/はやぶさ」から始まる話で比較しては申し訳ないのだが、日本のブルートレインよりも遥かに快適な作りなのである。
各車両には乗車時に迎え入れてくれた女性パーサーが付き、お茶や弁当のサービスをしてくれる。
我々は、同行してくれた中国の方と、私と友人の3名での旅で、同室には他の人は入って来なかったので、コンパートメント室は我々の個室となった。(部屋は中からドアロック出来る)
北京出発後、一段落すると夕食を食堂車で摂ることにした。

食堂車内.jpg

食堂車もご覧のように、とても美しい。
夜は長い。ここで我々はゆっくり食事をした。
そして、中国の様々なことを聞き、日本のことをしっかり話した。
それまで私の中には“竹のカーテン”に遮られてきた国、という感覚が焼きついており、色々なことは知り得なかった。
そして、おそらく人々は自由を得られていないのでは、と想像していたのであるが、しかし、殆どの部分は我々と何ら変わらないものであることが判った。
国は違っても人間は皆同じようなものだ、と改めて認識したのである。
その時、我々の横の席では7~8名の男女の学生がビールを飲み、カードゲームをしていた。
それを見て同行の方が言った。
「本当に中国は変わった。数年前までは学生がこのような特急に乗ることは無かった。それが我がもの顔で旅行を楽しんでいる」と。
そうか、今、すごい勢いで変わっているのだと実感した。
私は尋ねた「やはり天安門事件を境に変わったのか?」と。
それには何も答えてもらえなかった。
それにしても、私の中で“竹のカーテン”が開いた時ではあった。


寝台通路補正.jpg

睡眠の浅い私は案の定、5時頃には目が覚めた。
そっと部屋を抜け出し、廊下の椅子で居眠りするパーサーの横をすり抜け、未だ営業の始まらない食堂車に行った。
それにしても、この列車は速い。
「富士/はやぶさ」同様に機関車の引く客車列車だが、壁にある速度計はずっと160km/hを指している。
北京~上海間はロングレール(線路の継ぎ目を溶接で繋いだもの)が採用されているので、例のタタンタタンという音は全く無く、静かに、かっ飛んで走っている。
音だけでなく乗り心地も揺れが少なく非常に良い。線路を見ると、かなり規格の大きなものが使われてているし、コンクリート枕木に加え、道床(砂利部分)はとても分厚い。それらが乗り心地を確保しているのだろう。そして、踏切りが全く無いので、カンカンという音も無いし、安全上からも高速走行を可能にしているのだろう。
さすが社会主義国、完璧にやり尽くしているわい。

通過駅トリミング.jpg

一方、時折、貨物列車とすれ違うが、それは長大な石炭列車である。
駅の通過時によく見ると、端の側線には昔、日本でも見られた石炭を積み下ろす場所があり、山のように石炭が積まれている。
まだまだエネルギー源として石炭が有力である証でもある。
日本を凌ぐ快適な設備の寝台特急と、昭和初期に戻ったような石炭列車。
こんなところにも中国の現状を見る思いがした。

夜を跨いで走る寝台列車には、単なる移動というより以上の「何か」を感じさせるものがある。

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2009年4月25日 22:35に書いたブログ記事です。

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