Essay/Column/Diary

ここは何処 どこの県?

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①五十鈴川.jpg

旅先などで、何処から来たのかと問われた時「三重県です」と言っても、あまり反応が良く無いことがよくある。あるいは、県名は判っていても地理的に何処なのか判らない、ということも多い。
しかし、次に「三重県の鈴鹿から」と続けると途端に、鈴鹿サーキットとかF1レースをしている所、というように殆どの人が理解される。しかるに、三重県の名称とは、何か目立たないんだな。

しかし、三重県には昔から、非常に多くの人が、言わば日本中から人が訪れる場所がある。それが冒頭の写真の場所で、それは「五十鈴川」の風景であり、身を清める”御手洗場”から写したものである。
そう、「伊勢神宮」の。

②伊勢神宮_2.jpg

江戸時代にも年間400万人を越える人が、お伊勢参りをしていたというから、一大観光地と呼んではバチ当たりだが、東海道中膝栗毛の弥次喜多をはじめ、日本中から実に多くの人が参拝に訪れていたことだろう。
(写真は参道途中にある神楽殿。見る度に神社建築の見事さに感心する)
そして、現在も中部地区や関西方面から訪れる人は多く、休日ともなると東名阪道の我が鈴鹿インターチェンジ付近は、午前中は伊勢に向かう車で、夕方は伊勢から帰る車で大きな渋滞を引き起こし、今や人によっては鈴鹿と言えば大渋滞の場所と記憶されているかも知れない。いや、早く新名神を完成させて東名阪と分離してもらわないといけない。既にその区間にあたる四日市ジャンクションから亀山まで、土地の買収は終わっているらしく、5年後くらいには出来るだろうとのことだが・・・

昔は、お伊勢参りの後で、弥次喜多同様に京や大坂(京都や大阪)を見物して帰ったと言われるが、今は伊勢に向かうのは伊勢神宮だけでなく、鳥羽や賢島といった観光地も付随しているからで、車では伊勢自動車道により交通の便もよく、あるいは鉄道では近鉄が昔から力を入れている地域でもあり、大阪/名古屋から快適な特急で観光客を運び込んでいる。

④英虞湾.jpg

こちらは英虞湾(あごわん)。賢島が接する海だが、太平洋から入り組んだリアス式海岸の湾で、波も少なく美しい景色が広がる。
言わば後発の観光地だけに英虞湾の周りには、近代的でモダンなホテルも散在し、また別荘地としても好適の場所で、それらも散在する。
以前、近鉄は鳥羽が終点で、そこから賢島までは三重交通志摩線でローカルな電車で行くしかなかったが、昭和40年に近鉄に合併し、その後、路線の改良工事を行い(改軌と昇圧、線形改良等)、大阪や名古屋から長編成の特急が直通で賢島まで行くようになった。

⑥スペイン村広場.jpg

近鉄の宣伝のようになってしまうが、しかし近鉄が凄いのは、賢島まで路線を延長したのちに、その路線上に写真のテーマパーク「志摩スペイン村」まで作ってしまうこと。
無論、その周辺にリゾートホテルを作るなど、伊勢志摩全体をリゾートエリアとして開発、整備していることでもある。

⑤スペイン村.jpg

「スペイン村」は東京ディズニーランドには遠く及ばないスケールだが、しかし、スペインの建築物が見られるし、無論、子供用にはアトラクションがいくつもある。
そして、私が好むのはフラメンコショーだ。30分弱の公演だが、終盤には素晴らしさに感激し、声が出てしまう・・「オレーッ!」
撮影禁止なので写真は無いのだが、しっかりした演出と構成であり、ライティングも素晴らしく、本場スペインのダンサーが見事なダンスを見せてくれる。
因みに、「オーレ」では無く「オレーッ」が本来とのこと。
それに、下のような「ゆるキャラ」も楽しませてくれたりと。

⑦ゆるキャラ.jpg

何か、お国自慢のようになってしまったが、どうも三重県は、前述の鈴鹿とか伊勢志摩、松阪牛の松阪、熊野古道の熊野、そして、その手は桑名の焼き蛤の桑名など、地名というかブラント名が独り歩きをしてしまい、そのブランドのメーカー名(県名)は知られないまま、という状態なのかも知れない。

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2011年9月21日 14:02に書いたブログ記事です。

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