Essay/Column/Diary

復旧 おめでとうございます

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◎津波高さ.jpg

きっとテレビで見られたでしょう、この表示。
完全復旧となった9月25日。まさに、その日に仙台空港の1Fロビーで写したものだ。
そう、震災後、初めて仙台に行ってきた。
仙台の街は、まるで何事も無かったように元気な姿で嬉しかったが、しかし、一部には震災/津波の痕が痛々しく残っていた。

◎天井.jpg

往路は新幹線を利用した。
9月23日。丁度この日から東北新幹線は通常ダイヤに戻り運行された。
内心「おめでとう」
駅に着き、ホームに降り立つと上を見上げた。震災時に落ちた天井は、全面外すことで終了していたが、その姿を見た。
しかし、仙台と言えば・・・先ずは「牛たん」だ。

◎利久.jpg

改札を出るなり横の牛たん通りに直行するが。やはり、目指す店「利久」は並んでいた。
私も列に加わるが、その後、私の後ろに並んだ家族、言葉のイントネーションから「ギロリ、あなた、名古屋出身ですね」とは言わなかったが、実は、単身赴任で仙台に居る父親を名古屋から母親と娘2人で訪ねてきたようだった。
で、父親「混んでるな、他に行こうか、でも利久が一番うまいと言うしな」
お母さん「仙台に来るなんてもう無いのだろうから、待ってでも、ここで食べるまい」
との会話、私も他に行くのを避け、結局、1時間程近く待って「牛たん」に辿り着いた。
待った後のビールと「牛たん」は、間違いなく旨かった。

その後、2日間の仕事を終え、帰りは仙台空港まで送ってもらった。
スポーツランド菅生(サーキット名)から空港へは、サーキットを出て、少し行った所から左に折れて、狭い道を山越えするのがルートだが、震災ではなく台風の影響で通行止めの為、かなり遠回りをして向かった。

◎瓦礫.jpeg

空港に近づくと、まだ窓の外には、こうした瓦礫や数えきれないほどの壊れた車が山積みにされていた。
また、空港間近のレストランは壊れたまま放置されていたりして、その荒涼とした景色は、何か、映画で見る荒地のような、あるいは幼い時に見た日本のような、奇妙な感じを受けるが、いずれにしても、何とも痛々しく、言葉を失ってしまう。

◎1Fロビー.jpg

そして冒頭の1Fロビー。
この津波の記録以外、完全復旧されて空港は美しく、被害があったことを忘れるほど。
あの日、3月11日。この仙台空港が津波に飲み込まれていくのをテレビの実況で見ていたが、よく使わせてもらった空港が津波に飲み込まれていくのを、ただ見ているしかなかった。
あれから僅か半年余り、復旧のシンボルにと、とにかく半年という期間を設定して、実際に、この日に完全復旧された訳で、大変な努力をされたことだろう。
内心「本当におめでとうございます」

到着した私は出発まで30分あまり、写真ばかり写していられない。
大急ぎでチェックインすると、3階のレストラン街に向かった。
やはりレストランは様相が変わっていたが、きっと同じメニューがあるはずだ。
店に入るなり「すいません、以前のように牛たんあります」
「ありますよ」
「では、申し訳ないんですが大至急お願いします」
これでやっと私の仙台空港を確認出来る・・・?
以前にも、このコラムで話したが、この店の「牛たん」は旨いのだ。
食べると、やっと落ち着いた。
レジで「ありがとう美味しかった。それと皆さんに、完全復旧おめでとうございます」
と言うと、
「ありがとうございます」嬉しそうな笑顔が返ってきた。

◎空港牛タン.jpg


Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2011年9月28日 21:05に書いたブログ記事です。

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