Essay/Column/Diary

スキャナー写真より コモの思い出

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コモ湖畔のホテル部屋.jpg

少し時間が空いた時に、昔の写真をスキャナーで採り入れたりしている。
そんな作業をしながら写真を見ていると、当時のことが色々と思い出される。
このホテルの部屋、イタリアに行った時のものなのだが・・・
そう言えば、ここにも思い出があったな。
(各写真はLサイズの紙焼きからスキャナーで取り込んだものであり、鮮明度に欠けることはご容赦)

1990年、それはF1のイタリアグランプリを友人と二人で見に行った時のことだ。開催地はミラノ近くのモンツァ・オートドローモで、専門誌が企画するF1見学ツアーに半分便乗させてもらった。半分というのは、レース後はツアーと別れ、そのままモナコそしてパリと回る予定だったからである。
それはともかく、
飛行機はミラノ空港に到着し、そこからは出迎えのバスで現地の日本人添乗員と共にホテルに向かうのだが、バスに乗る時「しまった、空港でトイレに行ってこなかった」と添乗員に言うと「1時間もかからないところですよ」と言われ「それくらいなら大丈夫」と、他の人を待たせるのも嫌なのでバスに乗り込んだ。
夕暮れ時に空港を出発したが、秋の夕陽はここでも沈むのが早く、すぐに辺りは暗くなってきた。
説明では、ホテルは湖の近くとのことだが、しかし、一向に湖らしきものは見えてこない。
かれこれ1時間程走ったろうか、前方に家々の光が水面に反射しているのが見えた。
やれやれ、湖か池か知らないが、やっと見えてきたぞ、と、少し安心した。
やがてバスは湖沿いの道に入り、右手には湖が広がっている。
「早くトイレに行きたい! でも我慢だ、もう少しだろう・・・」
出発してから、もう1時間半は走っている。
道は湖の横を、丘を越えたり小さな町を通り抜けたりするのだが、町に近づく度に「この町か、この町か」と期待するものの、すべて通過して一向にバスはホテルに着かない。

狭い道.jpg

因みに、道は家並みに入ると異常に狭く、曲がっていたりするので、対向車とのすれ違いは大変で、バックミラーが建物スレスレで通過する。それでも上手くやり過ごしているが、いや、この運転士さん、上手いもんだと感心する。
(写真は昼間の景色、Google Map ストリートビューより。この狭い道を観光バスで通過するのだから大変だ)
それにしても、何とも辺ぴなところに連れて来られたものだ。
「まったく、どうせ安ホテルでツアーを組んだんだろ」などと思ってしまう。
2時間余り走っただろうか、やっと、やっと目的地に到着した。
バスから降りるとホテルのフロントに案内されるが、とりあえずトイレに行き安堵した。
ホテルは古い作りのもので、エレベーターなど壁がむき出しで、目の前を壁が走った。
冒頭の写真のように、部屋も昔の作りで簡素だ。まあしかし、それなりに雰囲気はある。
「なんか、えらいところに来てしまったよなぁ」と友人とボヤきあう。
食事はどうしたか記憶に無いが、とりあえず寝た。
そして、朝を迎え、カーテンを開けた。

コモ湖の景色_2.jpg

そこには、こんな景色が広がっていた。
なんて綺麗なんだ!
「ひょっとすると、ここは、凄く良い所なんじゃないか?」
と、友人に話しかけた思い出のシーンである。

コモ湖ホテル前.jpg

ホテルの前。チェザーレ・バッティスティというところらしい。
この向こうにはレストランやカフェ、そして幾つかの店舗などが連なり、滞在に不便は無い。

この湖の名称はコモ湖。
実は、コモ湖周辺は有名な高級別荘地で、ヨーロッパきっての避暑地であり、まことに風光明媚なところだったのだ。
そんな良いところに案内してもらったのに、トイレに行きたいが為に随分何かと悪く思ってしまったことを恥かしく思った。

さて、イタリア・グランプリは予選・決勝の2日間、ここから例の上手な運転士のバスで通った。(驚くのは、この湖岸の道で、前に遅い乗用車が居ると追い越しをかけるのである、当然、対向車線を走ってで、すぐ横は湖が広がっているというのに!)
因みに、森の中にあるモンツァ・オートドローモはF1の澄んだエンジン音が木々に反射して素晴らしい音を響かせていた。また観客は老若男女がレースを楽しんでおり、そして全ての人がフェラーリだけを応援する、という特異な場所でもあった。

月曜日にはツアーと別れてモナコに向かうのだが、このホテルの場所はコモ湖の中程にあり、まずは湖の南端の町「コモ」に移動せねばならない。コモには鉄道(イタリア国鉄)が通っているので、その鉄道でミラノに向かい、そしてミラノからは急行列車でモナコの手前、国境の町ベンチミグリア(Ventimiglia)に向かおう、という算段だ。
まずは最初の交通手段だが、ホテルの目の前に小さな船乗り場があり、船は路線バスのように行き来しているようだ。船乗り場に行ってみると「コモ行き」がある。そこで時間を確かめておいた。

19900910コモ湖船.jpg

月曜日の朝、ツアーの方達に別れを告げると船に乗り込んだ。船は何ケ所かの船乗り場を経由し、通勤客とみられる人々が増えていった。そんな人達に混じってコモの町に着いた。
その後、ミラノ、そしてモナコへと向かったのだった。

そのあたりの話は、写真がスキャン出来た時にでも。

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2012年2月14日 17:36に書いたブログ記事です。

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