Essay/Column/Diary

ビッグ・フォー その2 LMS

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○LMS.jpg

London, Midland and Scottish Railway (LMS)
1923年、300もの鉄道会社から4つの鉄道会社への強制統合(Big Four)により誕生したLMSはロンドンから北に、中央部から西側の部分を占め、北はスコットランドまで伸びていた。それは英国最大の鉄道会社であり、そしてヨーロッパ最大の企業体となった。
マンチェスターやリバプール、バーミンガムやノッティンガム、その他、LMSはイギリスの主要都市や工業地帯を路線に持ち、貨物輸送を収益の柱としていたようだが、一方ではライバルのLNERと、ロンドン~スコットランド間のスピード競争を激しく行っていた。

○船.JPG

ノッティンガムの街とナローボートの停泊場。
イングランド中央部に位置するノッティンガム州には、その昔に炭鉱があり、その輸送もLMSの重要な収益だった。
また、LMSは多くの運河も所有していて、こうした景色は昔から見られたのだろう。
そしてノッティンガムは、あのロビン・フット伝説の地でもある。
話は逸れるが、このノッティンガムから、さほど遠くないところにドニントン・サーキットがあり、モータースポーツに関係する私はこの街に滞在したことがあり、その時に写したものだ。

○LMS路線図.jpg

LMSの全路線図(ウィキペディアより)
前回のエリア図の説明で、正確さに欠ける旨お伝えしたが、それはこのLMSの路線図を見て頂ければお判り頂けよう。ご覧のように、路線は網の目のように、また木の枝のように伸びており、エリアを線引きすることはむつかしいからだ。
何れにしても、この路線図からもLMSの巨大な勢力というものが想像出来よう。
主要幹線としてはロンドンからスコットランドに至る路線であり、そこでは、同じロンドン~スコットランドを東海岸沿いに結ぶ”Big4”のひとつであるLNERと競合しており、激しいスピード競争を繰り広げていた。LMSの車体色である赤いクレムゾンレーキ色は英国軍服にも採用されていたように、抗戦的な意味合いがあったと言われる。
LMSの看板列車である“ロイヤル・スコット” はロンドンのユーストン駅からスコットランドのグラスゴー/エディンバラ間を走っていた。
ライバルLNERの看板列車“フライング・スコッツマン”と共に、ロンドンをAM10時に発車しており、まさにヨーイドン!をしていた訳だ。
その“ロイヤル・スコット”を牽引していた機関車である、タイトルおよび下の写真の”ダッチェス・クラス”は英国蒸気機関車史上最強と言われる高速機関車で、動輪径は2057mmもある。1937年に登場するが、公開試乗会でいきなり183.4km/hという最高速度を記録している。
しかし、その速度記録も、翌年にはライバルのLNERに破られることになるのだが・・・

□ダッチェスとD51_2.jpg

ダッチェスは当然ながら大きな機関車で、写真は日本のD51と比べたものだが、スケールは英国型がOOゲージ1/76、日本型が16番(HOゲージ)1/80なので英国型が5%程大きいのだが、ダッチェスはスケール差を越えて大きいのが判っていただけよう。模型の全長はダッチェスが299mm、D51は実測250mm。
ダッチェスはDCCサウンド仕様で、4気筒機関車なのでドラフト音も忙しく響く。
汽笛は低音で「フォー・オー・フォーッ」と3音が鳴る変わったもので、何か、その音まで貫禄がある。因みにカーブはギリギリ356Rまで通過する。
そして、販売予告されていたクレムゾンレーキ色の客車が最近やっと発売となり、LMSの編成が手元に入った。


Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2012年11月 1日 20:38に書いたブログ記事です。

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