Essay/Column/Diary

大人の遠足 (その1)

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□麦畑.jpg

三重県の北部は北勢地方と呼ばれる。
写真は北勢地方の岐阜県との県境に近いところ、正面の山は鈴鹿山脈の北の端、藤原岳だ。そして目の前には麦畑が広がり、強い風に波のように揺れていた。
「桑名3ゲージ踏切と三岐鉄道乗りつくしツアー」を企画して、言わば“大人の遠足”を行った時のワンシーンである。

私は趣味のひとつに鉄道模型があるが、その同好者による集まり(クラブとはなっていないが、面倒なので以下クラブと呼ぶ)にも所属している。
幸い、クラブメンバーはとても好ましい人ばかりの集まりでもある。
そんなメンバーの中から「桑名に3つのゲージ(線路幅)を跨る踏切がある、是非その踏切を見るツアーを企画してほしい」との話があった。
それを受ける形で、今回の「桑名3ゲージ踏切と三岐鉄道乗りつくしツアー」を企画した。

□3ゲージ踏切北勢線通過.jpg

このちっぽけな踏切が件の3ゲージ踏切である。
一番手前の2線は近鉄名古屋線で線路幅1435mm標準軌である。
その先の柵から向こう3線はJR関西線で1067mm狭軌。
そして黄色い電車が走る一番向こうは762mm、狭軌でも特に狭いのでナローゲージと呼ばれる。
というように、3つのゲージを跨る踏切は、日本で唯一ここだけ、ということになる。
でも、実際見れば何でも無い小さな踏切なんだけど・・・

この踏切を見るだけなら10分もあれば終わってしまうのだが、それでは面白くない。
そこで、今や全国的にも珍しくなったナローゲージ鉄道が北勢地区には複数あり、それらを見て回ろう、そして最後はビアホールで打上げをしよう、という企画にした。
その打上げが良かったのか、私を含み6名の参加となった。

□東員進入.jpg

ナローの三岐鉄道北勢線で西桑名から終点の阿下喜に向かう。
762mmの狭い線路幅。写真は途中下車した東員駅で写したもの。
後ろの切り欠いた山はセメント工場のある藤原岳。

□北勢線車内5名.jpg

線路幅も狭ければ車両の幅も狭い。
私を除く5名の方だが、向かい合わせの席では、お互いの膝が当りそうになるほどである。

□ナロー前方.jpg

運転士の後ろから前方を見た景色だが、この写真でも線路の狭さが解ると思う。
北勢線の列車は桑名の街から郊外に出て、麦畑の中を走り、やがて丘陵地の中の急カーブなどを1時間余り走って終点の阿下喜に到着した。

〇最西端看板.jpg

阿下喜駅には写真の「日本最西端のナローゲージ駅」なる看板があった。
ここはまだ三重県、なのにここより西にあったナローゲージ、軽便鉄道は全て廃線になってしまっていたのかと思う。

□阿下喜駅ターンテーブル.jpg

この三岐鉄道北勢線は大正時代に北勢鉄道として開業した。その後、合併・統合で三重交通となり、戦後になると三重県内の鉄道運営主体が近鉄に一元化される形となり、近鉄により永年運営されてきたが、2003年に近鉄は北勢線を三岐鉄道に譲渡。という経緯を辿っていて、今は駅や車両のリニューアルも計られて前向きな運営がされている稀なナローゲージ鉄道である。
阿下喜駅には軽便鉄道博物館として、こうしたターンテーブルやミニ電車があり、また先に見える茶色い電車は近鉄時代に車両の一部が貨物室というで客貨両用車両で有名だったモニ220系も展示されていた。

このあと(その2)では、同じ三岐鉄道でも三岐線の東藤原に向かう。

PS:三岐鉄道Map
Sangi_Railway_Linemap.svg.png

Profile

☆畑川 治 1947年生まれ
レースアドバイザー
趣味: 運転、旅行、鉄道、その他

このブログ記事について

このページは、Osamu Hatagawaが2018年5月25日 17:16に書いたブログ記事です。

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